第63回 全体最適型改善のススメ

1.全体最適改善の考え方

「第62回 全体最適型改善のススメ」で述べたように現在日本の製造業のほとんどは成熟環境にあるといえる。業界内に複数の同業者が存在し、品質的にも価格的にも同じような商品を販売し、多くの企業が多品種少量生産環境に陥っているという状況である。このような状況下で求められるのがリードタイム短縮や在庫削減、構造的なコストダウンなどだが、これらの改善テーマの特徴は単独の部門だけでは対応できないことである。つまり、末端の職制単位で進めていく従来型の改善手法(小集団活動やQC活動など)では部門間や組織間の連携を十分に取ることができないため、複数部門に跨る改善テーマには十分に対応することができないのである。

そこで必要になってくるのが全体最適改善、言い換えれば複数部門で同一テーマに取り組む改善活動である(強み伸張型改善と同じ)(図4)



生産革新第20-5



この全体最適改善は口で言うのは簡単だが、実際にやっていく場合には非常に大きな困難が発生するものである。基本的に各部門は組織としての価値観が違うため、目的自体は同じであっても取る手段には大きな違いが発生しやすい。たとえば、材料の入手方法に関して、調達部門は調達コストを低減するために大ロット納品を志向する。海外からコンテナ単位で入手すれば最もコストを下げられるという発想だ。これに対して製造部門はジャスト・イン・タイムでの調達を求めようとする。必要な材料が都度、必要な量だけ納品されれば、倉庫も不要になるし、在庫管理や準備作業も容易になる。また、海外調達品では品質上のトラブルも多いので、国内調達を求める傾向も強くなっていく。つまり、材料調達の最適化というテーマでは、放っておくと調達部門と製造部門がまったく逆の行動を取り、成果がまったく出ない状況になる。このように部門によって持っている価値観は違うので、同じテーマであってもその取組み内容は部門ごとに異なり、時には正反対の対策を講じる場合もある。実際に各部門が連携して動くということはなかなか難しいものなのだ。



2.部分最適は自分では気づかない

全体最適改善を進めていく中で注意しなければならないのは、全体最適視点で動いているはずなのに気がついたら「部分最適」になっている例が結構多いということである。図5は工程1~4で製品を完成させる工場の例を示している。各工程には現場責任者がおり(A~Dさん)、その現場責任者が各工程の生産計画、生産順序をコントロールしている。



生産革新第20-5



当然ながら各現場責任者は会社から生産性向上を指示されており、自工程の生産性を上げることが目標になっている。そして、実際に生産が始まった場合に(上段枠)Aさんは、生産管理から指示された生産計画通りだと生産性が伸びないので、生産順序を入れ替えて(段取り替えを減らす)生産を行った。第2工程の責任者のBさんも自工程の生産性を上げたいけれど、前工程のAさんが計画を変えるのでどんな順序で製品が出てくるのかわからない。そのため、自工程の前に仕掛りを溜めて生産しやすい順番で生産を行うことになる。そして第3工程の責任者も第4工程の責任者も同じような対応を取ることになる。実際に仕掛りが多いほど段取り替えの少ない計画が立てられるので、BさんCさんDさんも自工程の前に大量の仕掛りを溜めて生産を行うことによって生産性を上げようとしてしまう。この例で考えると各責任者は自部門の生産性を上げるために行動しており、ある意味、会社全体の生産性を上げるための行動になっているが、果たしてこれは正しいのだろうか。下段枠の例は同じ職場であるが、生産計画の精度向上を徹底的に進め、各工程とも生産管理でつくった計画通りに生産できるようになった状況の例である。工程責任者のA~Dさんは計画変更を行うことはせず、「生産計画通りに生産を行う」という価値観の下で生産を行っている。

当然ながら各工程が同期する計画を立てているので、現場ではモノが停滞することなくスムーズに流れている状態だ。さて、上段の管理方法(現場主導型)と下段の管理方法(計画主導型)でどちらの生産性が高いだろうか。もう答えはわかると思うが、下段の方が間違いなく生産性は高くなる。同時に製造リードタイムも圧倒的に下段の方が早くなる。上段例は各自が自工程の生産性向上を狙った結果、大量の仕掛り発生と製造リードタイムの長期化、またリードタイム長期化に伴う生産計画の変更の多発によって生産性は逆に低下してしまう。工程責任者のA~Dさんは自部門の生産性を上げれば会社全体の生産性も上がるはずだと考えて行動していたが、結果的に生産性を低下させてしまっていた。つまり、A~Dさんは自分では全体最適を実現していたつもりなのに、結果的に部分最適な行動を取っていたのである。また、上段枠で各工程責任者は自部門の生産性を上げることを目標としていたが、下段枠では生産性ではなく「計画通りにつくる」ことを目標にしている。この価値観の違いも大きな差が発生する要因の1つであり、目先の生産性を追うことが正しいとは限らないことを示している。

以上はわかりやすい例として示しているが、実際の企業の中でもこのような例は結構たくさん発生している。自分では全体最適型で動いているつもりでも、実際は部分最適になってしまっている例が結構多いので、改善も全体最適という意識の下で進めていく必要がある。



株式会社アステックコンサルティング
代表取締役社長 岩室 宏
生産革新講座 連載
第105回  生産管理の重要性 ~製造メーカーにおける生産管理の位置づけ~(2024.10.9)
第104回  新製品の企画開発の進め方(3/3)(2023.3.13)
第103回  新製品の企画開発の進め方(2/3)(2023.2.20)
第102回  新製品の企画開発の進め方(1/3)(2023.1.30)
第101回  原価設計と運用(3/3)(2023.1.12)
第100回  原価設計と運用(2/3)(2022.12.19)
第99回  原価設計と運用(1/3)(2022.11.28)
第98回  経営成果につながる小集団活動(3/3)(2022.11.16)
第97回  経営成果につながる小集団活動(2/3)(2022.10.18)
第96回  経営成果につながる小集団活動(1/3)(2022.9.26)
第95回  調達を機軸とした企業変革力の強化(3/3)(2022.9.5)
第94回  調達を機軸とした企業変革力の強化(2/3)(2022.8.23)
第93回  調達を機軸とした企業変革力の強化(1/3)(2022.7.25)
第92回  新商品開発の進め方~開発と量産導入(3/3)(2022.7.4)
第91回  新商品開発の進め方~開発と量産導入(2/3)(2022.6.13)
第90回  新商品開発の進め方~開発と量産導入(1/3)(2022.5.30)
第89回  間接部門の働き方改革(3/3)(2022.5.18)
第88回  間接部門の働き方改革(2/3)(2022.4.14)
第87回  間接部門の働き方改革(1/3)(2022.3.25)
第86回  生産性指標の設定と活用方法(3/3)(2022.2.28)
第85回  生産性指標の設定と活用方法(2/3)(2022.2.7)
第84回  生産性指標の設定と活用方法(1/3)(2022.1.19)
第83回  コスト・在庫の適正化につながる現場改善(3/3)(2021.2.22)
第82回  コスト・在庫の適正化につながる現場改善(2/3)(2021.2.8)
第81回  コスト・在庫の適正化につながる現場改善(1/3)(2021.1.25)
第80回  生産設計によるコストダウン(3/3)(2021.1.12)
第79回  生産設計によるコストダウン(2/3)(2020.12.21)
第78回  生産設計によるコストダウン(1/3)(2020.12.7)
第77回  生産管理システムを活かした改善(3/3)(2020.11.24)
第76回  生産管理システムを活かした改善(2/3)(2020.11.9)
第75回  生産管理システムを活かした改善(1/3)(2020.10.27)
第74回  品質で顧客満足を獲得し企業の体質強化を図る(4/4)(2020.10.12)
第73回  品質で顧客満足を獲得し企業の体質強化を図る(3/4)(2020.9.29)
第72回  品質で顧客満足を獲得し企業の体質強化を図る(2/4)(2020.9.14)
第71回  品質で顧客満足を獲得し企業の体質強化を図る(1/4)(2020.8.24)
第70回  指標管理による業務革新の「見える化」(3/3)(2020.8.3)
第69回  指標管理による業務革新の「見える化」(2/3)(2020.7.20)
第68回  指標管理による業務革新の「見える化」(1/3)(2020.7.6)
第67回  部門・組織を越えた改善の進め方(3/3)(2020.6.22)
第66回  部門・組織を越えた改善の進め方(2/3)(2020.6.8)
第65回  部門・組織を越えた改善の進め方(1/3)(2020.5.26)
第64回  全体最適型改善のススメ(3/3)(2020.5.15)
第63回  全体最適型改善のススメ(2/3)(2020.4.27)
第62回  全体最適型改善のススメ(1/3)(2020.4.6)
第61回  攻めの設備保全(3/3)(2019.8.5)
第60回  攻めの設備保全(2/3)(2019.7.22)
第59回  攻めの設備保全(1/3)(2019.7.1)
第58回  食品メーカーの生産性革命!(3/3)(2019.6.17)
第57回  食品メーカーの生産性革命!(2/3)(2019.6.3)
第56回  食品メーカーの生産性革命!(1/3)(2019.5.20)
第55回  コストの見える化(3/3)(2019.5.8)
第54回  コストの見える化(2/3)(2019.4.15)
第53回  コストの見える化(1/3)(2019.4.1)
第52回  強い管理職をつくる!(3/3)(2019.3.18)
第51回  強い管理職をつくる!(2/3)(2019.3.4)
第50回  強い管理職をつくる!(1/3)(2019.2.18)
第49回  設計開発部門改革の第一歩(5/5)(2019.2.4)
第48回  設計開発部門改革の第一歩(4/5)(2019.1.21)
第47回  設計開発部門改革の第一歩(3/5)(2019.1.7)
第46回  設計開発部門改革の第一歩(2/5)(2018.12.17)
第45回  設計開発部門改革の第一歩(1/5)(2018.12.3)
第44回  鋳物工場の生産性向上(3/3)(2018.11.19)
第43回  鋳物工場の生産性向上(2/3)(2018.11.5)
第42回  鋳物工場の生産性向上(1/3)(2018.10.22)
第41回  食品工場の生産性向上のための人員管理術(3/3)(2018.10.1)
第40回  食品工場の生産性向上のための人員管理術(2/3)(2018.9.18)
第39回  食品工場の生産性向上のための人員管理術(1/3)(2018.9.5)
第38回  一品受注型企業のリードタイム短縮(3/3)(2018.8.20)
第37回  一品受注型企業のリードタイム短縮(2/3)(2018.8.2)
第36回  一品受注型企業のリードタイム短縮(1/3)(2018.7.17)
第35回  モノを揃えてなんぼの調達・外注管理(3/3)(2018.7.4)
第34回  モノを揃えてなんぼの調達・外注管理(2/3)(2018.6.5)
第33回  モノを揃えてなんぼの調達・外注管理(1/3)(2018.5.23)
第32回  機械加工職場の生産性向上(3/3)(2018.6.27)
第31回  機械加工職場の生産性向上(2/3)(2018.6.11)
第30回  機械加工職場の生産性向上(1/3)(2018.4.24)
第29回  一気通貫生産のバリエーション化(3/3)(2017.6.19)
第28回  一気通貫生産のバリエーション化(2/3)(2017.5.19)
第27回  一気通貫生産のバリエーション化(1/3)(2017.4.18)
第26回  「仕組みを変える」とは何を変えるのか(3/3)(2017.3.22)
第25回  「仕組みを変える」とは何を変えるのか(2/3)(2017.2.21)
第24回  「仕組みを変える」とは何を変えるのか(1/3)(2017.1.24)
第23回  時代環境と変えるべきもの(3/3)(2016.12.13)
第22回  時代環境と変えるべきもの(2/3)(2016.11.15)
第21回  時代環境と変えるべきもの(1/3)(2016.10.18)
第20回  改革の成否を決める教育の重要性(2015.2.17)
第19回  生産革新の方向性(2014.6.20)
第18回  改善戦略が必要な時代!(2014.5.8)
第15回~第17回  「脱カンバンの生産革新」 一気通貫方式のすすめ(2013.5.28)
第14回  時代は経営視点からの改善を必要としている(2/2)(2013.3.21)
第13回  時代は経営視点からの改善を必要としている(1/2)(2013.2.13)
第12回  現場改善だけでは成果につながらない(3/3)(2013.1.16)
第11回  現場改善だけでは成果につながらない(2/3)(2012.12.11)
第10回  現場改善だけでは成果につながらない(1/3)(2012.11.12)
第9回  一気通貫生産方式の基本的な考え方(3/3)(2012.10.12)
第8回  一気通貫生産方式の基本的な考え方(2/3)(2012.09.26)
第7回  一気通貫生産方式の基本的な考え方(1/3)(2012.08.20)
第6回  仕組みを変えればコストは下がる(6/6)「生産設計によるコストダウン」(2012.02.27)
第5回  仕組みを変えればコストは下がる(5/6)「設計によるコストダウン」(2012.02.03)
第4回  仕組みを変えればコストは下がる(4/6)「生産の流れをコントロールする」(2011.12.28)
第3回  仕組みを変えればコストは下がる(3/6)「生産の仕組み自体を変えていく」(2011.09.26)
第2回  仕組みを変えればコストは下がる(2/6)「生産管理の仕組みを変える」(2011.08.29)
第1回  仕組みを変えればコストは下がる(1/6)「コストは狙って下げるもの!」(2011.08.08)

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