第18回 「改善戦略が必要な時代!」
1.現在の製造環境 |
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昨年は数年来の円高基調から一気に円安に傾くなど、経済環境は大きく変化して来たが、輸出型産業の中には数年来続いた円高環境の中ですでに生産の主力を海外に移した企業も多いのではないだろうか。その結果国内工場はそれら海外工場との競争を余儀なくされている訳だが、多少円安になったとしても現在発生している抜本的なコスト差を埋めなければ勝つことは出来ない状況に変わりはない。また内需を中心とした企業においても、輸入原材料が高騰する中で販売価格が上げられない状況が続いていくものと思われるため、収益確保のためには大きな改善が必要となるのは間違いないだろう。 以上は現在の状況についての話であるが、為替がどちらに振れたとしても基本的に高コスト体質である日本企業は抜本的にコストを下げる必要性に迫られており、改善・改革を行って行かなければ生き残れない状況であるのは間違いのない事実である。 |
2.改善成果が出にくい時代 |
前段の状況に対応するために日本企業はこれまで改善活動を一生懸命行って来たが、最近は努力の割に改善成果が出にくくなっている企業が増えている。つまり従来と同じように改善を行っても得られる成果が非常に小さくなったり、成果自体がほとんど現れなかったりする場合があるのだ。これらの現象が発生する原因として考えられるのは以下の3点である。<図1参照> (1) 製造環境の変化(多品種少量生産、短リードタイム対応など) (2) 改善難易度のアップ (3) 従業員モチベーションの低下 |
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(1)の製造環境の変化としてまず挙げられるのは、多品種少量生産による生産ロットの縮小と製品ライフサイクルの短期化である。多品種少量生産が進展すると一生懸命改善を行っても改善対象商品の生産量(生産ロット)が過去に比べて少ないため、出てくる成果自体も少なくなってしまう。 また商品のライフサイクルの短期化は改善成果が早く無くなってしまうことを示しており、改善にかかる労力は同じでも出てくる改善成果を得られる期間が非常に短くなってしまうのである。 また次に挙げられるのは生産準備作業の増大による実作業時間の減少である。多品種化が進展すると必然的に段取り時間など生産準備時間が増えることになり、実作業時間は相対的に減少することになる。当然ながら段取り改善などを行っていくことになるが、改善が実作業時間の低下に追いつかず生産性が低下し始めると、今までの改善とは逆に生産性向上を図るために「まとめ生産」を行い在庫や仕掛りが増加する危険があるので注意が必要である。 (2)の改善難易度のアップも、一生懸命改善活動を行っても成果が上がらない原因の大きな要素の一つである。 従来の改善活動は基本的に「個」(1つの作業や設備など)を対象にした現場改善が主であったと思うが、先に述べたように多品種環境下では単独作業や単独設備などを対象とした改善では成果が上がりにくくなっているため、複数部門が協力して行う改善や業務フロー全体を見た上で問題点を見つけ改善していくというスタイルが必要になってくる。 言わばこれが改善難易度が上がってきていると言うことであり、従来の小集団型活用やQC的な活動では解決できない課題が増えてきていると言うことである。この改善対象が大きく変わってきていると言うことが現代の改善での特徴的な傾向なのだが、残念ながら一般的な改善手法(IE手法、QC手法など)は過去の量産時代に生み出された改善手法であり、現代の多品種環境に適合した手法とは言えないのである(抜本的な改革にはつながらない)。 これが改善難易度が上がっている原因であり、先に述べた複数部門が協力して改善に当たらなければ成果が出ない点、加えて生産部門以外の部門に起因する問題(生産計画変更、出図遅れ、営業情報精度の低さ)が複雑に絡み合っているために「努力の割には成果が出ない」と言うことになるのである。 (3)従業員モチベーションの低下も、改善成果が上がりにくくなっている要素のひとつである。従業員のモチベーションは基本的に会社に対する帰属意識(雇用の継続性や私たちの会社と言う思い)がベースになっているが、最近は工場作業者に占める正社員比率が大きく低下していることに加え、社員の転職のハードルが下がってきているため従来ほど会社に対して強い帰属意識を持つことが少なくなっているのだ。 また従業員モチベーションが上がりにくくなっている原因として「教育の不足」も挙げられる。日本では過去に何度と無く不況を経験してきたが、その中でも最も影響が大きかったのがバブル崩壊であり、 このバブル崩壊後に現れた現象として特徴的なのが「教育投資の削減」と言える。つまりバブル崩壊以降に入社された人に対しての教育は、それ以前と比べて明らかに教育量が不足しており、 工場内のムダを見つける視点などが十分に育成されていない企業が多いため、改善活動に対して積極的になれない傾向があるのだ。 |
3.改善戦略を持っているか |
現代の製造環境では従来型の改善を行っても大きな成果は出ないと言う指摘をしてきたが、それでも大きな改善成果を出している企業があるのも事実である。それら大きな成果を出した企業は他の企業と違った取組みを行っているのも事実だが、その中でも共通している部分として特徴的なのは「明確な改善戦略を作っている」と言う点である。 改善活動を行う前にしっかりとした改善戦略を構築し、その戦略に沿って戦術を立案し改善を行っていく(戦闘)というスタイルが明確に描かれており、やみくもに改善を行うのではなくしっかりとした計画に沿って改善を進めている。 つまりこの「改善戦略」をしっかりと描くと言うことが現代の改善で求められることであり、明確な改善戦略の下各部門が協力して課題解決に当たっていくことが必要なのである。 図2に基本的な戦略、戦術、戦闘の違いを示すので、参考にしていただきたい。 |
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<戦略> ・目標に到達するための大まかな道筋を描くことが戦略である。改善活動で言えば目標を達成するために必要な改善手法の選択、改善組織の構築、改善メンバーの選出、予算を決定することであり、必然的にトップ層や部門長が中心になって作成することになる。この戦略策定を行うに当たって最も大切なのは“目指すべき姿を明確に描くこと”であり、自分たちが近い将来到達しなければならない状態を明確に従業員に伝え、各従業員に何を行うべきかと言うイメージを持たせることである。 <戦術> ・戦術とは戦略に従って具体的に進む道を選択していくことである。いわば詳細な課題展開を行ってどの改善対象にどれ位のエネルギーをかけるのか、どのようなスケジュールで進めていくのかを決めるのに加えて、トラブルなどの発生を予測し異常時にはどう対応するかを決めることである。この戦術立案の主体は管理職であり、周囲の状況を考慮しながら目標達成に向けて進め方を柔軟に変化させていくことである。 <戦闘> ・戦闘とは戦略、戦術に沿って具体的なアクションを行うことであり、改善活動においては担当者が具体的に改善を進めていくことである。活動の主体はオペレーターや作業者、スタッフであり、各チーム内で協力しながら改善を進めていくことになる。 改善活動を一生懸命やっているのに思ったほどの成果が出ないと言っている企業のほとんどは、上記の戦略が決定的に不足している傾向がある。何を目的にしてどんな改善の進め方をするべきなのか、目指すべき姿はどうなっているのか、ターゲットや評価指標はどう設定すべきなのかなど基本的な戦略が不明確な状況でひたすら戦闘行動(改善活動)を行っているのである。先に述べたように過去の量産の時代ではそのような改善(もぐら叩き型改善)を行ってもそれなりの成果は出るのだが、現代のような多品種の時代では努力の割に得られる成果が非常に少なくなってしまうのである。 では改善戦略とは何かと言うことであるが、注意してほしいのは目標値を提示することが戦略ではないと言うことである。よく目標値だけを提示して後は自分たちで考えろと言うスタイルの経営者や部門長がいるが、 それでは絶対に活動は進まないし成果も出ない。大切なのは目標値を提示することに加えて改善の道筋、課題解決のストーリーを明確に提示してやることなのである。 |
4.これからの改善のポイント |
今まで述べてきたように、これからの時代の改善は明確な戦略に基づくものでなければ大きな成果につなげることはできない。そのため「自社を将来的にどうしたいのか」、言い換えると自社の「あるべき姿」はどういう姿なのかを考えることが改善のスタートになる。そして自社のあるべき姿へ到達するための道筋が戦略であり、戦術になるわけであるから、そこを一生懸命考えることが必要なのだ。改善活動においては「とにかくすぐに行動すること」など拙速を尊ぶ傾向があるのも事実だが、今の時代では「考えてから行動する」ことも大切なのである(但し考えすぎはダメ)。 実際に具体的な改善戦略を描く場合、その内容は企業によってさまざまであり、言わば100社あったら100通りなのだが、その中でも多くの企業が重大な問題点として認識し改善に取り組むのが以下の2つのポイントである。 (1) 工程から最終工程までモノの流れ全体を見直し、最適生産体制を作る。 (2) 情報精度を上げ、変更の無い生産計画体系を作り上げる(安定生産体制)。 これらは一気通貫生産方式を構成する基本的な考え方でもあるのだが、過去より問題と感じつつも中々手を付けられなかった部分であるのも事実である。言わばモノづくりの本質部分の課題と言うことができるが、 このような本質的な問題を解決しなければ大きな成果にはつながらない時代になっているのは間違いないのである(図3)。 |
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(1)の最適生産体制構築については、具体的にどうやって構築するのかが改善戦略と言うことになるが、通常はリードタイムを切り口にした改善を行うことによって問題点を抽出し改善を進めていくことになる。リードタイム短縮を切り口に改善を進めるのは工程間に発生している停滞時間がモノの流れ全体に大きな悪影響を発生させているからで、停滞時間がなくなればモノの流れはスムーズになる。ムダな作業や運搬など付加価値の少ない作業が大幅に減るために、実作業時間増大、生産性向上が実現できるのである。つまり「生産の流れ改善」を行うことによって生産フロー上の問題点を解決し、高効率な工場作りを実現させていくのである。 (2)の情報精度については生産部門を越えた取組みが必要になる。当然ながら情報の流れのスタートは営業部門であり、営業部門の情報精度が低いと生産計画は混乱し変更ばかりが発生することになる。 他にも調達部門や生産管理部門、設計部門の管理精度が低ければ生産計画を変更せざるを得ず、準備作業や段取りなどムダな工数が増加することによって生産性の低下を引き起こしてしまうので、 この部分に本質的な改善のメスを入れることは非常に大切なことなのである。 |
5.大きな成果につなげるために |
本稿では戦略を持った改善を進めることの重要性について述べてきたが、大切なのは「生産の仕組みを変える」と言う発想を持つことで、従来の延長線上の改善を行うのではなく今までの生産のやり方自体を否定して、時代に適合した新しい生産方式を考えていくと言うことである。残念ながら現場改善ばかりを行っても生産の仕組みが変わることはないのだ。生産の仕組み改善は狙って行うべきものなのである(図4)。 |
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日刊工業新聞社刊「工場管理」2014 VOL.60 No.3 掲載記事に加筆訂正 株式会社アステックコンサルティング 代表取締役社長 岩室 宏 |