第95回 調達を機軸とした企業変革力の強化

1.システムによる調達業務の安定化

多くの企業では基幹システムを導入し、システムを用いた調達業務の実行が行われています。したがってERPなどのシステムの活用が調達部門の余力創出の鍵となります。しかし多くのコンサルティングを通して感じるのは、それらシステムを導入したもののうまく活用されない企業が多いのも事実です。その背景にある要因とその対策は概ね以下のようになります。


①在庫管理体制が不十分
⇒実在庫とシステム在庫の差異がないこと(極小である)が重要で、リアルタイムで在庫把握が出来ていること。

②部品表(BOM)が整備・管理されていない
⇒部品表が作成され、部門間で共通な管理・運用を一元的に行う必要がある。

③関連部門間の役割と責任を明確に出来ていない。
⇒営業、設計、生産管理、製造、購買の各部門の業務分掌の明確化が必要で、部門間の情報の流れをスムーズにタイムリーに行う必要がある。

④生産計画の確定が出来ていない
⇒MRPの基本は中日程ベースで資材所要量を計画する点にあるが、そのことの理解が無いままシステム運用を行っている。


①、②、③に関してですが、そもそも情報を取り扱うシステムとモノを取り扱う業務の関係性が全体として捉えられていない企業が多いように思います。自社の全体像を整理して分掌を明確にすることが肝心です。増産時の新期サプライヤー開拓や、長期間の未取引サプライヤーや部材の復活があった時の社内の混乱の主な要因はここにあります。平時にあってこそ、システム類の整備と部門間の会話が必要なのです。BOMを例に挙げても、品目コードが全社で統一されていない、内外作情報やサプライヤー情報が不足しているといった問題は散見されます。同一部品を商社経由で購入しているために別扱いしているような事例や類似品の識別ができないといった状況もよく見られます。調達に関係する情報をどのようにデータベース化して一元管理するかの議論が今まさに必要なのです。

④に関しては、導入した調達システムが自社の業務実態と合っていないため、生産計画と製造部門の実計画の乖離が問題となる場合が多いように見受けられます。MRPのタイムフェンス機能が本来の計画確定タイミングと合致していないために、製造部門にとって生産計画は守れる計画ではなく、自己防衛的にやり繰り生産となってしますのです。このような問題を抱える工場では、棚卸差異として問題は顕在化せず、配膳後の現場の混乱として悪さ加減が見えることが大半です。この状況を打開するためには、長納期、特殊部品を抽出し別管理にして、生産計画の部品紐付けの洗い替えにより製造実計画に合わせる等の仕組み整備が必要となります。やはり調達リードタイムをその時の状況に応じて正しく設定(Dの制約条件化)し、内部的には確定計画で動く(Qの最適化と、流出Cの許容と内部Cの最小化)ことがまずは重要であることが分かります。


2.サプライヤー管理の重要性

サプライヤー評価の定番として用いられる手法に、QCDDP観点でのサプライヤー採点表があります。レーダーチャートによる可視化をした例を見たことがあるかもしれません。最初のQ(品質)、C(価格)、D(納期)は説明不要だと思います。それでは後半のDとPは何かというと、D(Developement:開発力)、P(Position:協力度)になります。二つ目の“D(開発力)”は新規サプライヤー開拓時の判断項目ですが、企業変革力強化を考えると、技術部門の新規開発のためのデータベースとしての利用等、自社内への情報展開方法を検討すべきです。

最近はBCPやSDGs、それに経済安全保障といった言葉を聞かない日は有りません。製造業においてもそれらを無視することは出来ず、企業変革力を考える上でもその重要性は増しています。組織としては、これまで述べてきた通り内部機能の安定化は重要ではありますが、それ以上に外部、特にサプライヤーとの関係性の構築・整備が必要です。これが“P(協力度)”が意味することなのです。

東日本大震災の時に、日本の企業全体にサプライチェーンの混乱が発生したことは記憶に新しいと思います。これは大手企業中心にBCPの取り組みが行われていたものの、それが有効に機能しなかった結果と理解されています。自動車メーカーで原因追究したところ、図1のように、部品供給パスの複線化によりカンパニーリスク、リージョンリスク、カントリーリスクの分散化を推進していたものの、サプライチェーンの深い階層で交差が起きていたことが致命となったことが明らかになりました。この教訓は、BCPを考える上では、構成部品すべての情報を把握する必要があるという事です。パーチェシング負荷を減らすために、ユニット化を進めて購入部品総数を削減する方向があると思います。これはブラックボックス化によって部品の交差状態が見えなくなると認識しておく必要があります。その上で現実的な取り組みはどうなるのかと言うと、調達戦略に基づいてサプライヤーとの情報共有をより密に行うという事に尽きます。


生産革新第20-5

余談ですが、東日本大震災の後に国から企業へのアンケートには、多くの企業から被災によって失った設備や供給能力を他企業に急遽補填してもらって以降、その関係性がより強まった形で維持できているという回答が多数寄せられたそうです。これは大きな変化があるときには、良好なサプライヤーとのアライアンスが自社に有利に働くことを意味していると思われます。このことからも企業変革力を語る上で、このアライアンス強化は避けられない議論であると言えます。

3.サプライヤー連携の進め方

調達リードタイムを第一とした調達管理において、サプライヤーとの連携で重要となるのが、サプライヤー能力の把握です。既存サプライヤーに対してはQCD評価を通して、実態把握を行うことになります。自社の調達方針説明会にサプライヤーを招集するやり方や、アンケートなどを活用するやり方が一般的です。WEBによる説明会が以外にも好評だったとの話も聞きます。その時代に合った手法をうまく使うことが必要なのでしょう。ただし情報開示を嫌がるサプライヤーは少なくありませんので、前提は出来るだけ現地に足を運んで情報を入手することを心がける事です。低機能部材であっても製造フローは複数であることが普通ですので、工場視察などの機会も利用してボトルネック工程の当たりを付ける力量が求められます。そのような能力も組織として育成の仕組みを整備して、最終的には開発購買が出来る組織力を構築していく必要があります。

サプライヤーの能力を正しく把握し、次に自社製造工程との同期を進めます。言わば自社の工程と同一視できる状況にすることが必要です。そのためには自社の質の良い生産計画が必要となることは言うまでも有りません。図2にそのイメージを描きましたが、調達リードタイムとサプライヤーの負荷を見える化して、サプライヤーと自社のロットサイズのミスマッチを解消することで初めて必要数量との整合性が判断できるようになります。結果的にサプライヤーに対して無理な要求が減り、不要な能力増強や過剰な在庫保有を抑制するきっかけになります。

生産革新第20-5


最後に、これまで述べたことは、調達部門として目新しい内容は一切ありません。しかし企業変革力を強化するためにはその当たり前を当たり前に取り組むことが必要なのです。この取り組みによって得られる財産は、シンプルに「サプライヤーの協力度の向上」です。本講座をきっかけに、環境変化発生時に自社の調達管理を早期に安定化を図り、サプライヤーとの連携を強化することで、環境変化対応力のあるサプライチェーンシステム構築の取り組みに繋がれば幸いです。

株式会社アステックコンサルティング
コンサルティング本部 チーフコンサルタント 吉久 康樹
生産革新講座 連載
第104回  新製品の企画開発の進め方(3/3)(2023.3.13)
第103回  新製品の企画開発の進め方(2/3)(2023.2.20)
第102回  新製品の企画開発の進め方(1/3)(2023.1.30)
第101回  原価設計と運用(3/3)(2023.1.12)
第100回  原価設計と運用(2/3)(2022.12.19)
第99回  原価設計と運用(1/3)(2022.11.28)
第98回  経営成果につながる小集団活動(3/3)(2022.11.16)
第97回  経営成果につながる小集団活動(2/3)(2022.10.18)
第96回  経営成果につながる小集団活動(1/3)(2022.9.26)
第95回  調達を機軸とした企業変革力の強化(3/3)(2022.9.5)
第94回  調達を機軸とした企業変革力の強化(2/3)(2022.8.23)
第93回  調達を機軸とした企業変革力の強化(1/3)(2022.7.25)
第92回  新商品開発の進め方~開発と量産導入(3/3)(2022.7.4)
第91回  新商品開発の進め方~開発と量産導入(2/3)(2022.6.13)
第90回  新商品開発の進め方~開発と量産導入(1/3)(2022.5.30)
第89回  間接部門の働き方改革(3/3)(2022.5.18)
第88回  間接部門の働き方改革(2/3)(2022.4.14)
第87回  間接部門の働き方改革(1/3)(2022.3.25)
第86回  生産性指標の設定と活用方法(3/3)(2022.2.28)
第85回  生産性指標の設定と活用方法(2/3)(2022.2.7)
第84回  生産性指標の設定と活用方法(1/3)(2022.1.19)
第83回  コスト・在庫の適正化につながる現場改善(3/3)(2021.2.22)
第82回  コスト・在庫の適正化につながる現場改善(2/3)(2021.2.8)
第81回  コスト・在庫の適正化につながる現場改善(1/3)(2021.1.25)
第80回  生産設計によるコストダウン(3/3)(2021.1.12)
第79回  生産設計によるコストダウン(2/3)(2020.12.21)
第78回  生産設計によるコストダウン(1/3)(2020.12.7)
第77回  生産管理システムを活かした改善(3/3)(2020.11.24)
第76回  生産管理システムを活かした改善(2/3)(2020.11.9)
第75回  生産管理システムを活かした改善(1/3)(2020.10.27)
第74回  品質で顧客満足を獲得し企業の体質強化を図る(4/4)(2020.10.12)
第73回  品質で顧客満足を獲得し企業の体質強化を図る(3/4)(2020.9.29)
第72回  品質で顧客満足を獲得し企業の体質強化を図る(2/4)(2020.9.14)
第71回  品質で顧客満足を獲得し企業の体質強化を図る(1/4)(2020.8.24)
第70回  指標管理による業務革新の「見える化」(3/3)(2020.8.3)
第69回  指標管理による業務革新の「見える化」(2/3)(2020.7.20)
第68回  指標管理による業務革新の「見える化」(1/3)(2020.7.6)
第67回  部門・組織を越えた改善の進め方(3/3)(2020.6.22)
第66回  部門・組織を越えた改善の進め方(2/3)(2020.6.8)
第65回  部門・組織を越えた改善の進め方(1/3)(2020.5.26)
第64回  全体最適型改善のススメ(3/3)(2020.5.15)
第63回  全体最適型改善のススメ(2/3)(2020.4.27)
第62回  全体最適型改善のススメ(1/3)(2020.4.6)
第61回  攻めの設備保全(3/3)(2019.8.5)
第60回  攻めの設備保全(2/3)(2019.7.22)
第59回  攻めの設備保全(1/3)(2019.7.1)
第58回  食品メーカーの生産性革命!(3/3)(2019.6.17)
第57回  食品メーカーの生産性革命!(2/3)(2019.6.3)
第56回  食品メーカーの生産性革命!(1/3)(2019.5.20)
第55回  コストの見える化(3/3)(2019.5.8)
第54回  コストの見える化(2/3)(2019.4.15)
第53回  コストの見える化(1/3)(2019.4.1)
第52回  強い管理職をつくる!(3/3)(2019.3.18)
第51回  強い管理職をつくる!(2/3)(2019.3.4)
第50回  強い管理職をつくる!(1/3)(2019.2.18)
第49回  設計開発部門改革の第一歩(5/5)(2019.2.4)
第48回  設計開発部門改革の第一歩(4/5)(2019.1.21)
第47回  設計開発部門改革の第一歩(3/5)(2019.1.7)
第46回  設計開発部門改革の第一歩(2/5)(2018.12.17)
第45回  設計開発部門改革の第一歩(1/5)(2018.12.3)
第44回  鋳物工場の生産性向上(3/3)(2018.11.19)
第43回  鋳物工場の生産性向上(2/3)(2018.11.5)
第42回  鋳物工場の生産性向上(1/3)(2018.10.22)
第41回  食品工場の生産性向上のための人員管理術(3/3)(2018.10.1)
第40回  食品工場の生産性向上のための人員管理術(2/3)(2018.9.18)
第39回  食品工場の生産性向上のための人員管理術(1/3)(2018.9.5)
第38回  一品受注型企業のリードタイム短縮(3/3)(2018.8.20)
第37回  一品受注型企業のリードタイム短縮(2/3)(2018.8.2)
第36回  一品受注型企業のリードタイム短縮(1/3)(2018.7.17)
第35回  モノを揃えてなんぼの調達・外注管理(3/3)(2018.7.4)
第34回  モノを揃えてなんぼの調達・外注管理(2/3)(2018.6.5)
第33回  モノを揃えてなんぼの調達・外注管理(1/3)(2018.5.23)
第32回  機械加工職場の生産性向上(3/3)(2018.6.27)
第31回  機械加工職場の生産性向上(2/3)(2018.6.11)
第30回  機械加工職場の生産性向上(1/3)(2018.4.24)
第29回  一気通貫生産のバリエーション化(3/3)(2017.6.19)
第28回  一気通貫生産のバリエーション化(2/3)(2017.5.19)
第27回  一気通貫生産のバリエーション化(1/3)(2017.4.18)
第26回  「仕組みを変える」とは何を変えるのか(3/3)(2017.3.22)
第25回  「仕組みを変える」とは何を変えるのか(2/3)(2017.2.21)
第24回  「仕組みを変える」とは何を変えるのか(1/3)(2017.1.24)
第23回  時代環境と変えるべきもの(3/3)(2016.12.13)
第22回  時代環境と変えるべきもの(2/3)(2016.11.15)
第21回  時代環境と変えるべきもの(1/3)(2016.10.18)
第20回  改革の成否を決める教育の重要性(2015.2.17)
第19回  生産革新の方向性(2014.6.20)
第18回  改善戦略が必要な時代!(2014.5.8)
第17回  「脱カンバンの生産革新」 一気通貫方式のすすめ(3/3)(2013.8.12)
第16回  「脱カンバンの生産革新」 一気通貫方式のすすめ(2/3)(2013.7.5)
第15回  「脱カンバンの生産革新」 一気通貫方式のすすめ(1/3)(2013.5.28)
第14回  時代は経営視点からの改善を必要としている(2/2)(2013.3.21)
第13回  時代は経営視点からの改善を必要としている(1/2)(2013.2.13)
第12回  現場改善だけでは成果につながらない(3/3)(2013.1.16)
第11回  現場改善だけでは成果につながらない(2/3)(2012.12.11)
第10回  現場改善だけでは成果につながらない(1/3)(2012.11.12)
第9回  一気通貫生産方式の基本的な考え方(3/3)(2012.10.12)
第8回  一気通貫生産方式の基本的な考え方(2/3)(2012.09.26)
第7回  一気通貫生産方式の基本的な考え方(1/3)(2012.08.20)
第6回  仕組みを変えればコストは下がる(6/6)「生産設計によるコストダウン」(2012.02.27)
第5回  仕組みを変えればコストは下がる(5/6)「設計によるコストダウン」(2012.02.03)
第4回  仕組みを変えればコストは下がる(4/6)「生産の流れをコントロールする」(2011.12.28)
第3回  仕組みを変えればコストは下がる(3/6)「生産の仕組み自体を変えていく」(2011.09.26)
第2回  仕組みを変えればコストは下がる(2/6)「生産管理の仕組みを変える」(2011.08.29)
第1回  仕組みを変えればコストは下がる(1/6)「コストは狙って下げるもの!」(2011.08.08)

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