第12回 「現場改善だけでは成果につながらない」

5.一気通貫生産方式を目指す過程で実現したブレークスルー

現場改善だけでは実現し得なかったブレークスルーのエピソードをひとつ紹介いたしします。それは外から見ると当たり前のことで特別な発想でも難しい技術でもありません。しかしその現場の従来の習慣や価値観をベースとするボトムアップ型の改善ではたどり着かなかった内容を、一気通貫生産の実現または製造リードタイムの短縮という切り口で活動したために実現できたというものです。
改善の内容ではなく現場という視点での発想と、経営や管理という視点で見た発想の違いの例として読んでいただきたいと思います。

強い製造現場だからこそ出来なかった改善
製造リードタイムの短縮を行うと設備の段取替え頻度が増すケースが多くあります。ある工程では段取替えが2倍以上に増加してしまうが段取り改善は従来からやっており大幅な短縮は無理という話になりました。そこで現場へ行き実際の設備と切替作業を見せてもらうことにしました。

現場で設備と切替作業を確認して驚きました。切替性を考慮した工夫がほとんどない設備だったのです。たとえば製品のサイズに合わせてガイドの位置を変えるのですが、ガイドを平行移動できる構造になっておらず、サイズに合わせた位置への変更と共にガイドの並行度まで切替の都度調整が必要になっていました。このようにサイズ切替のたびに平行出しや芯出しが必要になる所が10箇所以上ある設備だったのです。

生産と言う日常業務の中で、メンテナンスとは別次元の設備調整の様な作業を日々懸命に実施している作業者の苦労を考えると、可哀相というか申し訳ないという気持ちが溢れて涙がこみ上げてきたほどです。

すぐに切替性を配慮した設備への改造を指示しました。設備改造を伴う改善により、段取り時間の1/3へ短縮が実現しただけでなく、作業者のスキル要求度が大幅に下がりどの作業者でも同一の短時間での切替が可能になりました。段取り改善の基本から考えると当たり前の事なのですが、それまで実現できていなかったのには理由があります。ここでは「強い製造現場だからこそ出来なかった」のです。

弱い現場では改善というと高性能設備や合理化機械など新しい設備の導入を真っ先に考えるところが珍しくありません。強い現場では既にある設備をいかに使うかを考えます。この例の現場ではそれが極端で、設備の改造は一切考えず調整作業という現場スキルで対応すべきとの考え方に偏っていたのです。別の見方をすれば都度芯出しが必要な切替作業を平均30分(実際は切替え内容によって30~120分)で実施できていたのはすごい事なのです。まさに強い製造現場であったからこそ設備改造をやらなかったのです。

このケースもトータルリードタイム短縮というトップダウンの方針と目標値をベースに、前後工程を含んだ全体の流れと生産計画に沿った生産を実現するために必要な段取替え時間の目標値へと課題と目標値のブレークダウンが行われ、設備改造を実施することになりました。
切替時間短縮で設備的な改善も行うということだけを捕らえると当り前の話です。しかし現状設備を前提に考えるのか、設備を変える事を考えるのかはどちらも正解であり価値判断、優先順位判断は意外と難しいものです。

たとえば費用対効果の試算にて、短縮時間分の労務工数だけで評価した場合と、リードタイム短縮効果や各種管理コストややり繰りをする担当者など間接費用を考えて評価した場合とでは逆の判定になる事もあるのです。

今回のエピソードの内容も紹介すると簡単なことですが、実際は設備改造を行うという決定をするまでには考え方と価値感の転換というハードルが有り、正直に申しますと少々苦労いたしました。
切替時間短縮と全体のリードタイム短縮が実現し、赤字だった事業の黒字化が達成した後に開かれた成果報告会の中で、この段取り改善が事例として取り上げられました。当時私が言った「涙が出てきました」という言葉を担当者のNさんは覚えており、何としても実現しようと思ったという逸話を話してくれました。以前からまじめに現場改善を継続していた彼にとって当時「?」だったものが、一気通貫生産への改革活動を通して彼の中で「!」に変わったことでしょう。

現場改善だけでは全体最適とは異なった判断で違う方向の改善をしてしまうことがあるということを理解いただけましたでしょうか。
どの強みをいつまでにどこまで伸ばすのかをトップからの明確な方針で示し、その方針に沿った価値観で全体最適視点の方向性の判断を行い、その方向性に従って具体的な課題抽出と優先順位付けと手段の選択を行い現場改善を進めていくことで従業員のエネルギーをムダにすることなく大きな成果に結びつけていくことが重要なのです。


日刊工業新聞社刊「工場管理」2012 VOL.58 No.3 掲載記事に加筆訂正
株式会社アステックコンサルティング
生産革新講座 連載
第104回  新製品の企画開発の進め方(3/3)(2023.3.13)
第103回  新製品の企画開発の進め方(2/3)(2023.2.20)
第102回  新製品の企画開発の進め方(1/3)(2023.1.30)
第101回  原価設計と運用(3/3)(2023.1.12)
第100回  原価設計と運用(2/3)(2022.12.19)
第99回  原価設計と運用(1/3)(2022.11.28)
第98回  経営成果につながる小集団活動(3/3)(2022.11.16)
第97回  経営成果につながる小集団活動(2/3)(2022.10.18)
第96回  経営成果につながる小集団活動(1/3)(2022.9.26)
第95回  調達を機軸とした企業変革力の強化(3/3)(2022.9.5)
第94回  調達を機軸とした企業変革力の強化(2/3)(2022.8.23)
第93回  調達を機軸とした企業変革力の強化(1/3)(2022.7.25)
第92回  新商品開発の進め方~開発と量産導入(3/3)(2022.7.4)
第91回  新商品開発の進め方~開発と量産導入(2/3)(2022.6.13)
第90回  新商品開発の進め方~開発と量産導入(1/3)(2022.5.30)
第89回  間接部門の働き方改革(3/3)(2022.5.18)
第88回  間接部門の働き方改革(2/3)(2022.4.14)
第87回  間接部門の働き方改革(1/3)(2022.3.25)
第86回  生産性指標の設定と活用方法(3/3)(2022.2.28)
第85回  生産性指標の設定と活用方法(2/3)(2022.2.7)
第84回  生産性指標の設定と活用方法(1/3)(2022.1.19)
第83回  コスト・在庫の適正化につながる現場改善(3/3)(2021.2.22)
第82回  コスト・在庫の適正化につながる現場改善(2/3)(2021.2.8)
第81回  コスト・在庫の適正化につながる現場改善(1/3)(2021.1.25)
第80回  生産設計によるコストダウン(3/3)(2021.1.12)
第79回  生産設計によるコストダウン(2/3)(2020.12.21)
第78回  生産設計によるコストダウン(1/3)(2020.12.7)
第77回  生産管理システムを活かした改善(3/3)(2020.11.24)
第76回  生産管理システムを活かした改善(2/3)(2020.11.9)
第75回  生産管理システムを活かした改善(1/3)(2020.10.27)
第74回  品質で顧客満足を獲得し企業の体質強化を図る(4/4)(2020.10.12)
第73回  品質で顧客満足を獲得し企業の体質強化を図る(3/4)(2020.9.29)
第72回  品質で顧客満足を獲得し企業の体質強化を図る(2/4)(2020.9.14)
第71回  品質で顧客満足を獲得し企業の体質強化を図る(1/4)(2020.8.24)
第70回  指標管理による業務革新の「見える化」(3/3)(2020.8.3)
第69回  指標管理による業務革新の「見える化」(2/3)(2020.7.20)
第68回  指標管理による業務革新の「見える化」(1/3)(2020.7.6)
第67回  部門・組織を越えた改善の進め方(3/3)(2020.6.22)
第66回  部門・組織を越えた改善の進め方(2/3)(2020.6.8)
第65回  部門・組織を越えた改善の進め方(1/3)(2020.5.26)
第64回  全体最適型改善のススメ(3/3)(2020.5.15)
第63回  全体最適型改善のススメ(2/3)(2020.4.27)
第62回  全体最適型改善のススメ(1/3)(2020.4.6)
第61回  攻めの設備保全(3/3)(2019.8.5)
第60回  攻めの設備保全(2/3)(2019.7.22)
第59回  攻めの設備保全(1/3)(2019.7.1)
第58回  食品メーカーの生産性革命!(3/3)(2019.6.17)
第57回  食品メーカーの生産性革命!(2/3)(2019.6.3)
第56回  食品メーカーの生産性革命!(1/3)(2019.5.20)
第55回  コストの見える化(3/3)(2019.5.8)
第54回  コストの見える化(2/3)(2019.4.15)
第53回  コストの見える化(1/3)(2019.4.1)
第52回  強い管理職をつくる!(3/3)(2019.3.18)
第51回  強い管理職をつくる!(2/3)(2019.3.4)
第50回  強い管理職をつくる!(1/3)(2019.2.18)
第49回  設計開発部門改革の第一歩(5/5)(2019.2.4)
第48回  設計開発部門改革の第一歩(4/5)(2019.1.21)
第47回  設計開発部門改革の第一歩(3/5)(2019.1.7)
第46回  設計開発部門改革の第一歩(2/5)(2018.12.17)
第45回  設計開発部門改革の第一歩(1/5)(2018.12.3)
第44回  鋳物工場の生産性向上(3/3)(2018.11.19)
第43回  鋳物工場の生産性向上(2/3)(2018.11.5)
第42回  鋳物工場の生産性向上(1/3)(2018.10.22)
第41回  食品工場の生産性向上のための人員管理術(3/3)(2018.10.1)
第40回  食品工場の生産性向上のための人員管理術(2/3)(2018.9.18)
第39回  食品工場の生産性向上のための人員管理術(1/3)(2018.9.5)
第38回  一品受注型企業のリードタイム短縮(3/3)(2018.8.20)
第37回  一品受注型企業のリードタイム短縮(2/3)(2018.8.2)
第36回  一品受注型企業のリードタイム短縮(1/3)(2018.7.17)
第35回  モノを揃えてなんぼの調達・外注管理(3/3)(2018.7.4)
第34回  モノを揃えてなんぼの調達・外注管理(2/3)(2018.6.5)
第33回  モノを揃えてなんぼの調達・外注管理(1/3)(2018.5.23)
第32回  機械加工職場の生産性向上(3/3)(2018.6.27)
第31回  機械加工職場の生産性向上(2/3)(2018.6.11)
第30回  機械加工職場の生産性向上(1/3)(2018.4.24)
第29回  一気通貫生産のバリエーション化(3/3)(2017.6.19)
第28回  一気通貫生産のバリエーション化(2/3)(2017.5.19)
第27回  一気通貫生産のバリエーション化(1/3)(2017.4.18)
第26回  「仕組みを変える」とは何を変えるのか(3/3)(2017.3.22)
第25回  「仕組みを変える」とは何を変えるのか(2/3)(2017.2.21)
第24回  「仕組みを変える」とは何を変えるのか(1/3)(2017.1.24)
第23回  時代環境と変えるべきもの(3/3)(2016.12.13)
第22回  時代環境と変えるべきもの(2/3)(2016.11.15)
第21回  時代環境と変えるべきもの(1/3)(2016.10.18)
第20回  改革の成否を決める教育の重要性(2015.2.17)
第19回  生産革新の方向性(2014.6.20)
第18回  改善戦略が必要な時代!(2014.5.8)
第17回  「脱カンバンの生産革新」 一気通貫方式のすすめ(3/3)(2013.8.12)
第16回  「脱カンバンの生産革新」 一気通貫方式のすすめ(2/3)(2013.7.5)
第15回  「脱カンバンの生産革新」 一気通貫方式のすすめ(1/3)(2013.5.28)
第14回  時代は経営視点からの改善を必要としている(2/2)(2013.3.21)
第13回  時代は経営視点からの改善を必要としている(1/2)(2013.2.13)
第12回  現場改善だけでは成果につながらない(3/3)(2013.1.16)
第11回  現場改善だけでは成果につながらない(2/3)(2012.12.11)
第10回  現場改善だけでは成果につながらない(1/3)(2012.11.12)
第9回  一気通貫生産方式の基本的な考え方(3/3)(2012.10.12)
第8回  一気通貫生産方式の基本的な考え方(2/3)(2012.09.26)
第7回  一気通貫生産方式の基本的な考え方(1/3)(2012.08.20)
第6回  仕組みを変えればコストは下がる(6/6)「生産設計によるコストダウン」(2012.02.27)
第5回  仕組みを変えればコストは下がる(5/6)「設計によるコストダウン」(2012.02.03)
第4回  仕組みを変えればコストは下がる(4/6)「生産の流れをコントロールする」(2011.12.28)
第3回  仕組みを変えればコストは下がる(3/6)「生産の仕組み自体を変えていく」(2011.09.26)
第2回  仕組みを変えればコストは下がる(2/6)「生産管理の仕組みを変える」(2011.08.29)
第1回  仕組みを変えればコストは下がる(1/6)「コストは狙って下げるもの!」(2011.08.08)

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