第1回 「働き方改革とは何か」
1.働き方改革とは |
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働き方改革とは、現状の労働制度を大きく変える事により、労働者の可処分所得の増大と労働人口の増大を図る政策です。個人収入を増大させることにより購買意欲を刺激するとともに企業の内部留保を設備投資や人的投資に回すことにより経済の循環を良化させ、日本経済の成長を確実なものにする事を目的としています。また将来的な生産年齢人口の減少を見越して、高齢者の雇用促進、女性が働き易い労働環境の創出を行なうことにより労働人口の減少を出来るだけ抑えることも目的としています。言わばアベノミクスの4本目の矢と言える政策であり、足踏みが見られる「実感のある経済成長」を実現させるための大型政策という事が出来ます。
たしかにこれらの問題は日本的労働環境の底部を流れている問題であり、是正の必要性が叫ばれながらも十分に対策されてこなかった問題という事が出来るでしょう。今回の働き方改革は経済成長を目的としているとは言え、これらの問題が解決されることは日本にとって大変喜ばしい事と言えるのではないでしょうか。また上記1〜3に加えて確実に不足して行く労働力の不足問題に対しても各種の立法措置や規制緩和などを通じて対策を打って行くものと予測されます。 具体的には働き方改革実現会議で提案された9つのテーマに沿って政策を進めていくことになると思いますが(図1)、労働基準法の抜本的な改正などかなり踏み込んだアクションを取ることによって、かなり強い形で政策を推進して行くことになると思われます。一般労働者にとっては所得の向上、長時間残業の削減など非常に魅力の高い政策だと思いますが、企業にとっては確実に労務コストが上昇する政策であり、全社的な生産性向上など抜本的な企業変革を求められる政策であると言えるでしょう。 |
図1「働き方改革」で取組むべき9つのテーマ |
2.働き方改革で発生する現象 |
働き方改革は個人に対しても社会に対しても大きなインパクトを与える政策ですが、具体的に企業に発生するであろう現象を予測すると以下の通りになります。
基本的に働き方改革で発生する問題は“労働者不足”“労働時間不足”という事になります。もう既に人を採用したくても採用できない状況に陥っている企業は結構多く、近隣の企業間で時給の引き上げ合戦になっている地域もあるようです。先に述べたように働き方改革では長時間残業の禁止による総労働時間の不足が発生し、新規採用の停滞や派遣、請負労働者の不足による新たな労働時間の補充が出来ない状況に陥る可能性が非常に高くなります。当然ながらそれに伴って労働コストの上昇は避けられませんので、労働時間が増えないのに労務費だけが上昇して行く形になるでしょう。官邸の働き方改革プランにおいても最低賃金の年率3%向上(最低賃金の全国平均1,000円/時の実現)を明記しているので、労務コストは確実に上昇して行くものと思われます。 また、これらの労務コストの上昇は製造経費の増大にも繋がってきます。日本全国でこの政策は実行されるわけですから、日本国内の全ての業種において労務コストの上昇が発生し、ユーティリティー関係、副資材関係、包装資材、設備関係など原材料関係を含めて全ての製造コストが上昇して行くものと思われます。また人員不足に伴って設備投資が増大することも確実視されるため、設備導入コストの高騰も発生することになるでしょう。つまり今回の働き方改革では、好景気に沿って仕事量が増大する中で、人員不足、労務コストの増大という企業にとっては死活問題的な現象が発生する可能性が極めて高いという事なのです。 |
3.働き方改革に如何に対応するか |
製造業に非常に大きなインパクトを与える働き方改革ですが、企業は自己防衛のために何を行なっていくべきなのでしょうか。これをまとめたものを下記に示しますが、基本的には会社全体の生産性を上げて1人当たりのアウトプットを増やすしか対応策は無いでしょう。アウトプットを増やす方法としては色々とありますが、作業効率のアップ、ムダな仕事の削減、設備投資による出来高アップなど生産性向上が中心の施策になってくるでしょう。また同時に労働力自体を増やす施策、管理面の強化によるムダ削減等も必要になってくるでしょうし、場合によっては自社のビジネスモデル自体を変更することも視野に入れなければならなくなる可能性も出てきます。 (2)多様な勤務系形態の是認 (3)シニア世代、女性の活用 (4)社員の定着率アップ策の実施 (5)労働時間管理の徹底による投入時間の削減 (6)優秀な管理職の早期育成 (7)ビジネスモデル自体の見直し (1)の会社全体としての生産性向上は後述しますが、欧米並みの効率を目指すこと(1.2〜1.5倍)がひとつの方向性になると思います。 (2)・(3)については物理的な労働力をどうやって確保するのかという視点から考えると必ず発生してくる課題となります。例えば子育て世代の女性に働いてもらう場合には短時間勤務や休みが取りやすい環境を提示する必要がありますし、高齢者を雇用する場合には作業速度や作業の細かさなどに配慮する必要が出てきます。そのため勤務形態も短時間雇用の正社員や出勤日数が少ない正社員(週3日勤務など)、在宅ワーク、サテライトオフィスの運用など従来から考えると非常に複雑な雇用形態を取らざるを得ない状況になるものと考えられます。またこれらの施策を実施することにより人材採用コストは非常に高額になってきますが、これだけのことをして採用した人がすぐに辞めてしまったら元も子もありませんので、(4)の社員、従業員の定着率アップが不可欠になってきます。過去の高度成長期には“終身雇用制度”という付加価値(雇用の継続、給与の定期的な上昇)を社員に提示することにより離職を抑え、モチベーションの維持を図ってきましたが、このやり方が今後も通用するかどうかは解りません。雇用形態の多様化などが急速に進んで行くことから考えると“新たなやり方”が近いうちに自然発生的に生まれてくるのではないかと考えています。 (5)・(6)も非常に強く関連する項目であって、総労働時間が増えない中で従来以上のアウトプットを出そうとするとマネジメントが非常に重要なキーになります。一般的に組織の生産性は管理職の能力に比例するといわれますが、実際に残業時間が規制され総労働時間が増えない環境においては、管理職による正しい状況判断、的確な指示がなければ高効率での業務運用は出来なくなります。そのため従来にも増して能力の高い管理職の採用及び育成が求められるようになるでしょう。 (7)のビジネスモデル自体の見直しについては、すぐに問題が発生するという話ではなく最終的にそうなる可能性もあるという話です。例えば多品種少量生産とは顧客の要望に合わせた商品を作ることにより受注を獲得するというビジネスモデルですが、言い換えれば量産型製品よりも多くの労働力を費やすことにより個別対応を行うという事であり、十分な労働力がないと成立しない生産方式という事も出来ます。今後総労働力が増えない環境下で多品種少量生産を続けて行く場合には相当な努力が必要になってくるかもしれません。 |
図2「働き方改革」にいかに対応するか |
4.会社全体の生産性を上げる |
今後働き方改革に対応して行くためには生産性の向上が不可欠になります。ただここで注意してほしいのは部分単位での生産性向上ではなく、会社全体としての生産性を上げて行くという事です。一般的に製造業においては係単位や班単位など比較的小さな単位で生産性を計測し、その向上のために改善活動を行なっていますが、残念ながらその改善視点は生産性を計測している組織単位での視点であって、工場全体や会社全体の生産性を上げるという視点での改善はほとんど行われていないのが実態です。つまり組織間の課題や複数の部門に渡って進行している業務などに関してはほとんど改善のメスが入っていませんし、間接部門などについては生産性を判断するための指標すらないという企業がほとんどではないでしょうか。今回の働き方改革で求められるのは会社全体での生産性向上であり、個人の給与は一定水準以上を維持しながらも売上に対する総人件費の比率を下げて行くという非常に難しい課題をクリアして行くという事なのです。 |
図3 生産性向上 3つの着眼9つの切り口 |
5.トップの役割 |
働き方改革を進めて行く場合にトップの役割は非常に大きなものがあります。先に部分最適の総和は全体最適にはならないと記しましたが、働き方改革においてもそれは同様で部門単位で活動を進めるのではなくトップ参加の全社プロジェクトの下で活動を進めて行く形を取ったほうが確実にプロジェクトを運用して行くことが出来ます。トップに参画してもらう理由は「価値判断を行ってもらう」ためであり、部門間で必ず発生する価値観の差を明確にジャッジしてもらうためです。また強制力を発揮してでも実施しなければならない問題や、投資を伴う課題についてはトップやトップ層でないと判断を下せない課題が多くあるのも事実であり、会社としてのビジネスモデルや業務の流れ自体の大きな変革などに関してはトップしか判断を下すことは出来ないのです。つまり働き方改革を行なう場合にはトップのやる気こそが最も大切な要素であるという事なのです。 |
株式会社アステックコンサルティング 代表取締役社長 岩室 宏 |